(千葉・外房)

菅沼建築設計

 

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Q:建築家の友人と、解体された近所の家の話をしました。「名建築でも古くなったら不動産価値はゼロよい建築はそれ自体に価値があるのに」と友人は怒ります。その家の見た目は面白いのですが、実は使いづらく、夏は暑くて冬は寒いと施主は嘆いていました。彼の言う「それ自体の価値」とはなんでしょうか?

 菅沼:この問いには3つの「価値」が出てきています。

 

ここでは

  • 建築家にとっての価値
  • 不動産としての価値
  • 施主にとっての価値

という異なった3つの視点でそれぞれが語る価値が主張されています。

 

建築家の友人が語る「それ自体の価値」とは、建築という固有の価値観を持つ人独特の視点から出てきます。

建築家の目標は、彼が造形した建造物が人々の記憶に残ることや、建築家同士の中で高い評価を得ることに主眼が置かれている場合が多いでしょう。稀に、周囲の評価など大して気にせず、次々と独創的な造形を生み出す天才もいるでしょう。

いずれにしてもこれらの感覚では、建築は美術作品・純粋芸術作品のように捉えられていると考えられます。そこでの最大の価値は独創性です。

つまり、分かる人にしか分からないという諦めや、造形的な独創性のためには実用性が犠牲になっても構わないという結論に至ります。

この建築的価値の概念は、大学の建築学科で学び(刷り込まれ)ます。

日本建築学界賞を与えられる建築は雨漏りするかどうかを問われない、と授業で聞いたときの驚きは今でも記憶しています。

 

不動産としての価値とは、お金です。

不動産市場においていくらで売れるかだけです。

「建築それ自体の価値」が一般に浸透していて、金銭的にも高値で取引されるような世の中であれば、建築家が残念がるような状況にもなり難いと考えられます。

 

この施主にとっての価値とは、動線が整理されていて使い易く、収納が十分にあり、家事を助けてくれる設備機器があり、温熱環境が快適にコントロールされていて維持費が安い、ということのようです。

これは時代の要請とも言えるような、大多数の人々の要求と考えられます。

解体されたこの家の施主は、これらの快適さが犠牲になっていてもその造形的な価値に喜びを感じていれば解体しなかったでしょうし、この建築家と価値観を共有できていたことになります。

しかし、快適さが犠牲にされていることに耐えられなかったのですから、その家に住み続けるだけの価値が感じられなかったのです。

 

建築というものは、施主のために何らかの目的を持って建造されるのですから、設計者が自分の判断で施主の要求を無視してもいいとは言えないでしょう。

その施主が求める目的が、芸術性なのか、実用性なのか、経済性なのか。

 

どれであっても構わないと思います。

そしてその是非についての議論は、これからも延々と続くでしょう。

(2015.5.5)