Q:プロとして提案したものが施主の意見で変更になり、結果的にはイマイチになったという例があります。どうすればよかったのでしょうか。

菅沼:「家は誰のもの?」と「プロの役割は何か?」という2つの問い掛けのせめぎ合いです。

 家を「所有する」とは、その家を自由にしていいということです。施主は自分の家を自分の意思で自由にしていいのは当然です。

 

 家に「良し悪し」はあるのでしょうか?それがあるということを前提にして成り立っている仕事が「設計業」です。設計者はその役割として、何かを提案しなければならない。その対価をもらえるだけの内容でなければならない、そういう圧力を常に感じます。プロなのだからこれは当然のプレッシャーです。

 

 施主の意見と設計者のプロとしての意見が一致しなかった場合、どうすればいいのでしょうか?プロとして、「これは自分の価値観では許しがたい」、と施主を突き放していいのでしょうか?それこそが施主が期待していることなのでしょうか?

 

 私は最近、施主と設計者の力関係は、さまざまな夫婦が存在するのと同様、全く一般化出来ないと感じるのです。施主を圧倒するようなカリスマ性を身に付けたい設計者は沢山いると思います。しかし多くの場合、施主との意見のぶつかり合いを「この仕事では当然のこと」と思えるだけのツワモノにならなければ、精神的に参ってしまいます。

 

 結論は、信頼に足る設計者に依頼したのであれば、ほぼ間違いなく「素人間取り」よりも優れた家になります。この差は大きいというのが実感です。まれに、長い期間に渡って個人的に勉強した「セミプロ」の施主も見受けられます。こういう場合、設計者は施主に対して技術的支援をするような立場になります。

 

 設計とは、計画立案から引越しまで、全てを計画する「計画屋」です。そして造形的に優れていなければなりません。これが簡単ではないことを伝えるには、まずは同じことを施主自身にやってもらうしかありません。   

  (2011,6,2)